テッド・チャン「商人と錬金術師の扉」

先日の日本SF大会ワールドコンテッド・チャンインタビュー企画で用意した資料。テッド・チャンの最新短編のあらすじ。最後のオチまではばらしていないが、それでも結構物語について説明しているので、実際にに配らなかった。インタビューでは、チャン自ら物語の背景を簡単に説明していた。

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テッド・チャン 最新短篇
“The Merchant and the Alchemist’s Gate.”(「商人と錬金術師の扉」)
初出Fantasy and Science Fiction, September 2007.

アッバス(Abbas)は平和の街を意味する町バグダッドに生まれ、織物商を営み社会的な成功者であるにもかかわらず、金では解決できない大きな苦悩を心の中に抱えていた。そんな時、今まで見たことないような素晴らしい品物を取り揃えている商店を見つけ、入ってみる。その店の商人バシャラート(Bashaarat)は錬金術師だと名乗り、自身が作った発明品を見せてくれると言う。興味をかきたてられたアッバスが見たものは、台座にすえつけられた一つの輪。錬金術師は右側から輪に自分の手を通すも、左側から出てくるはずの手は現れない。輪から手を引き抜いた錬金術師を手品師であると認めたアッバスを、次の瞬間にはさらなる驚きが包む。錬金術師が手を抜いてしばらくした後に、輪の左側から、先ほど現れずはずだった錬金術師の手が突然現れたからだ。錬金術師はこう説明する。この輪は右側と左側で時の流れ方が異なっている。右の法は早く、左の方は遅い。だから右から入れたものは、遅れて左から現れるし、左から入れたものは時を遡って右から現れる、と。錬金術師はアッバスに更なる追い討ちをかける。この輪の原理を発展させて、20年後の未来/20年前の過去へと行くことができる「錬金術師の扉」を見せ、今までこの扉を通過した3人が語ってくれた話を、アッバスの前で物語り始めたからだ。

最初の話は、「幸運な縄職人の話」。錬金術師の扉を通って、20年後の「成功している自分」に会うことができたある縄職人は、どのようにして自分が金持ちになったか、その方法をもう一人の自分から聞く。しかし、未来の自分も、それよりさらなる未来の自分から聞いたとおりにやったために成功したのであった。

次の話は「自分自身から盗みを働いた機織の話」。20年後の「金持ちになっている自分」に会いに行ったある機織は、しかし、今とかわらないみすぼらしい生活をしている自分の姿を見つけ、愕然とする。ところが、彼の貧しい生活からはとても想像できないような大金を、家においてある行李の中に発見し、20年後の自分のもとから、思わずその大金を盗み出してしまう。ところが、その大金が原因となって悲劇に見舞われかろうじて救われた彼は改心し、残りの人生を贖罪のために勤労と、倹約、そして貯蓄をすることで過ごすことを決める。そして、20年前の自分がやってくるころには、十分な金が貯まっているのであった。

最後の話は「妻とその恋人の話」。この話の中で、扉をくぐったのは最初の話に出てくる縄職人の妻。夫が、彼よりも若いが彼とそっくりな男と会っているのを目にした妻がこの若い男の正体を知り、心惹かれるものがあった彼女は、彼にもっと近づきたいと思い今度は20年前の世界へ行く。しかし、若い頃の夫が危険に直面していることに気が付き、なんとかして回避するように水面下で働きかける。こうして危機が無事過ぎ去ったあとは、彼女は若い頃の夫(もちろん、彼はその恋人は自分の将来の妻であることは知らない)の恋人になり、しばし後に訪れる別れ、そう若い彼が若い妻と「初めて」知り合うその時まで、性の手ほどきをするのであった。

これらの話を聞いたアッバスは、自分もこの扉を使ってみたいと錬金術師に申し出る。アッバスは、商用で旅に出ていた時に、家に残してきた最愛の妻を事故で失っていた。たとえこの扉を使おうとも、過去に起こったことを、起こらなかったことにすることはできないと錬金術師は言い、そしてアッバスもそれをよく理解しながらも、縄職人とその妻の話が示したわずかな可能性――若い自分が不在であるときに、20年後の自分が何らかの役目を果たすことができるのではないか――にかけ、扉をくぐることを決意する…。

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一読してすぐに気がつくのが、未来を知ることと同時にそれを変えることは不可能であるという「あなたの人生の物語」に通じるチャンの時間哲学であろう。またインタビューで語っていたが、時間や場所を固定したタイムマシンという発想は、チャンがSFのタイムマシンものについて感じていた違和感の表明であるようだ。この短編は、それだけで一冊の本となっていて、アマゾンで注文することができる。『SFマガジン』に邦訳がでるかはまだ未定だが、おそらく翻訳されるだろう。

The Merchant and the Alchemist's Gate

The Merchant and the Alchemist's Gate