「ウェイキングライフ」監督:リチャード・リンクレイター,2001,アメリカ

『明晰夢』という状態がある、名前の通り極めてリアルな夢であり、自分が夢を見ていることを自覚しつつ、なおかつ夢を操れる状態だという。その状態を習得できれば、毎晩夢の中で新鮮な冒険を続けられる。夢のなかで感じる時間は現実の時間よりも長いので、…

スタンリィ・エリン『鏡よ、鏡』

今回紹介するのはアメリカのミステリ作家、スタンリィ・エリンの作品『鏡よ、鏡』。一応、ジャンルはミステリであるが、その舞台となるのは現実か幻覚かもわからないような「現在」と、主人公が叙述する「過去」である。その二つの舞台はその性質からして客…

パオロ・バチガルピ「ねじまき少女」

本書は2009年度のヒューゴー賞・ネビュラ賞という二大SF賞を受賞するという快挙を成し遂げ、おまけにローカス賞やキャンベル記念賞受賞、タイム誌〈今年の十冊〉に選出されるなどまさに『話題作』を絵に描いたような作品である。しかし、日本の読者のあいだ…

「フラットライナーズ」(監督:ジョエル・シュマッカー, 1990年, アメリカ)

タイトルになっている『フラットライン』とは、脳波が平坦になった状態、すなわち死を意味している。主人公である医学生たちは、臨死体験に魅せられ、自身の身体を使いその実験をする。実験は見事成功と思えたが、主人公たちの周囲に不穏な空気が漂う、過去…

ゲオルク・ハイム『モナ・リーザ泥棒』(河出書房新社)

雑誌『幻想と怪奇』に訳出された衝撃作「狂人」を含むドイツ表現主義作家の短編集。ハイムの世界に善意、救い、希望などというものは一切ない。狂気すれすれの、いや、すでに狂気の領域に突入した鬼気迫る筆致で悲劇を描き上げる。たとえ喜びのきざしが一瞬…

『放課後の国』

少女漫画をつまらないとする言としてよくあるのは「少女漫画は恋愛のことしか書いてないから面白くない」というものですが、私はこれに大胆に反論したい。すなわち、「少女漫画とはいつ恋愛に転ぶかわからないから面白い」ということなのです。「放課後の国…

『サマータイムマシン・ブルース』

タイム・マシンにはいろんな種類がある。大雑把に分けるとしたら、時を変えることができるものと、変えることができないものの二つ。ここではめんどくさいから、未来のことはおいておく。それじゃあ、過去へ行ってみようと実際に過去へ行ってしまうと、存在…

古橋秀行『ある日、爆弾がおちてきて』(電撃文庫)

あたしたちは二種類の時間を生きている。自分で感じる自分の時間と、ほかの人が感じてる(と自分が感じてる)他人の時間の二種類を。自分の時間と他人の時間は、一緒になることも多いのだけれど、きっとでも、一緒にならないことのほうがずっと多い、気がす…

三崎亜記「バスジャック」(『バスジャック』集英社より)

バスジャックにはルールがあるみたい。そしてそのルールにのっとって行われたバスジャックにはロマンがあるみたい。三崎亜記さんは、考えてみればデビュー作『となり町戦争』からずーっと、「かたち」や「きまり」といったものと、その「なかみ」について取…

高橋優子『薄緑色幻想』(思潮社)

散文詩集。この本でわたしたちは、物語がはじまる前の、甘い蜜のようなどろどろしたものにみたされた無音の世界を手さぐりで進んでゆくことを強いられる。淡いけれども、色彩は豊かだ。匂いもある。秘密めいた記憶の底に、優しく、ゆるやかに降下していくか…

本多孝好「眠りのための暖かな場所」(『FINE DAYS』所収)

「爬虫類がどうして卵を温めないか、お前、知ってるか?」本多さんの小説はいくつも読んだけれど、少なくともあたしが読んだかぎりでは、全部一人称の視点で語られている。たいていは男性が語り手で、たまには女性も語る。ここでちょっと脱線めいた話を。語…

三池崇史監督「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」

映画にリアリズムは存在しない。映画とは演出された画面であり、演出とは嘘である。つまり映画とはいかに嘘をつくかということに腐心する極めて不道徳な行為である。リアリズムの映画などはむしろ嘘をいかに真実らしくするかという、嘘のなかでも最もタチの…

テッド・チャン「商人と錬金術師の扉」

先日の日本SF大会/ワールドコンのテッド・チャンインタビュー企画で用意した資料。テッド・チャンの最新短編のあらすじ。最後のオチまではばらしていないが、それでも結構物語について説明しているので、実際にに配らなかった。インタビューでは、チャン自…

ジョイス・マンスール『充ち足りた死者たち』(マルドロール)

そもそものはじめ、神様が地中の洞に住み、その双子の兄弟が空に眠っていたころのこと、宇宙はかたちも定まらず虚ろなままで、ただ人類の残存者数人だけが、創造の思考にかきみだされた深みの底の、海を見はるかす「北アフリカ人」ホテルのなかで生きていた…

新海誠「秒速5センチメートル」

手っ取り早くいやあ恋愛と失恋もの、というか、山崎まさよしの主題歌「One more time, One more chance」の内容をそのまま映像化したような映画です。 全三話構成で、第1話「桜花抄」では主人公の少年(東京在住)の視点で、彼と栃木に転校してしまった恋人…

よしながふみ『フラワー・オブ・ライフ』(新書館)1〜4巻(完結)

本当のことというのは、ナイフのように人を傷つける。いつもそうだというわけじゃないけど、でもやっぱり実際には傷つけることが多いと思う。だから十分慎重に、振り回す(振りかざす?)そのやりかたに気をつけなきゃいけだめ。犬には犬の豚には豚の、そし…

村上龍『希望の国のエクソダス』

希望の国へエクソダスするのかと思ったら、どうやらそうでもないみたい。日本人作家でもっともノーベル賞に近いといわれる村上春樹とはすでにトラック3週半ぐらいの差がつけられているような気がする村上〈ドラゴン〉龍先生の『希望の国のエクソダス』は、世…

森博嗣『すべてがFになる』

森博嗣の小説の処女作です。ジャンルとしてはミステリーで、あらすじは以下のような感じです。 大学の夏休みのゼミ合宿で、とある孤島にキャンプに行くことになったN大学助教授犀川創平と女子大生西之園萌絵。しかし、その孤島にあったハイテク研究所で2人…

米澤穂信『さよなら妖精』(創元推理文庫)

米澤穂信さんの代表作『さよなら妖精』は、創元推理文庫で買える。ラノベにはちょっと距離を感じるけど、ミステリ仕立ての青春小説を読んでみたいという人にはうってつけ、と言われていたのであたしも手を伸ばしてみた。この物語は一応、ミステリなんだと思…

山川直人『コーヒーもう一杯』(3)(エンターブレイン)

山川直人の漫画をよむときには、意識して読むスピードをゆるやかにする必要がある。ていねいにめぐらされたカケアミを、ゆっくりゆっくり吟味する。さながら、喫茶店で一杯の美味しいコーヒーを味わうときのように。ときには、苦い話もある。だがふしぎと暗…

西川魯介『屈折リーベ』

あたしはメガネをかけていないからか、メガネっ娘にはちょっと憧れていたりする。でも最近のメガネ・ブームはちょっとどころかかなり間違ってると思う。美男美女がメガネをかけただけじゃん、と誰かが突っ込んでいたのを思い出す。メガネをかけた人を好きに…

スタンリー・キューブリック『時計仕掛けのオレンジ』 

ネタばれ注意! 暴力を巡って過剰に揺れ動く近未来社会の物語。キューブリックの傑作の一つです。 この物語は複数の暴力を振るう者とその被害を受ける者でなりたっていて、その暴力が円環状に巡ってゆく姿が描き出されています。 この映画では、4人の少年た…

森見登美彦『太陽の塔』

ああ、恋だなあ。あたしがあなたを好きになると考えてみよう。そんなことは万に一つも起こらないなんて、即座に否定しないで。だいたい即座に否定しちゃったら、あたしに失礼でしょ。で、あたしはあなたを好きになる。あなたの何が好きだとか、どうやって好…

衛藤ヒロユキ『魔方陣グルグル』(エニックス)

勇者ニケと魔法使いククリが魔王ギリを倒すまでを描いたRPG風ギャグ漫画。珠玉の作品である。ただの村人に過ぎなかった主人公ニケが勇者として使命に目覚めてからというもの、彼の心の成長はなんと著しいのだろう。魔法を失敗ばかりしていたククリがニケを想…

竹本健治『フォア・フォーズの素数」(角川文庫)

表題作のほか13編からなる短編集です。表題作の「フォア・フォーズの素数」は、入院中の少年がフォア・フォーズという4つの4と四則演算などの記号(作中ではΣやlogが使われています)を組み合わせて数字を作るパズルに熱中し、その中で少年がフォア・フォ…

イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』(河出文庫)

イアン・ワトスン「絶壁に暮らす人々」、ラリー・ニーヴン「リングワールド」、筒井康隆「平行世界」、星新一「おーい でてこーい」、ボルヘス「バベルの図書館」、山尾悠子「遠近法」、諸星大二郎「塔に飛ぶ鳥」……。「特殊構造世界もの」というジャンルを想…