よしながふみ『フラワー・オブ・ライフ』(新書館)1〜4巻(完結)

本当のことというのは、ナイフのように人を傷つける。いつもそうだというわけじゃないけど、でもやっぱり実際には傷つけることが多いと思う。だから十分慎重に、振り回す(振りかざす?)そのやりかたに気をつけなきゃいけだめ。犬には犬の豚には豚の、そして人には人の信実があって、それはたいてい過酷なものだ、といったのは誰だったか忘れたけど、この言葉は、あたしが今まで生きてきた(短いけれど)その人生の中で、一つの指針となってる。人を傷つけるものなのに、取扱説明書はついていない。百人百様の「本当のこと」を発見したら、それをどうするか、どうつかうか、それともどう気づかぬふりをしつづけるかは、全部その人次第。

よしながふみさんの『フラワー・オブ・ライフ』がついこの間、最終巻の4巻が出て、見事完結した。メインのお話は、白血病になったけど姉からの骨髄移植を受けて回復した花園春太郎と、彼が転校先の学校で出会ったぽっちゃり漫画少年・三国翔太、わが道を行くオタク・真島海の3人が過ごす学園生活。この3人に加えてさらに何人もの個性的な、それでいてどこの高校にも必ずいそうな、そう「高校生」としか形容できない連中がでてきて、物語を盛り上げていく。文化祭の演劇、クリスマス・パーティー、定期試験の勉強会、友達と一緒に行く買い物、徹夜で描き上げた漫画、好きなもの、嫌いなもの、大切にしたいもの、壊してはだめなもの、でもうっかり傷つけて壊してしまったもの。実にいろんなものが、高校1年生の1年間という時間にぎゅっと詰め込まれている。

よしながさんは、読んでいるものが思わずため息をついてしまうほど漫画が上手い。得にあたしが感心するのは、余白=白い画面の存在感。さっきもいったように、物語の中にたくさんのものが詰め込まれているのは確かなんだけど、それでも、ぜんぜん窮屈な感じはしない。そしてまた、いろんな登場人物や、彼と彼女たちが繰り広げる(「繰り広げる」なんておおげさな言い回しじゃちょっと取りこぼしちゃうものも多い)日常だけが、いっぱい描かれているわけじゃなくて、例えば食べ物、例えばふきだしとその中身のセリフもたくさん描かれている。よしながさんが、食べ物を描くのがとても上手なのは、みんなすぐに賛成してくれると思うけど(『西洋洋菓子骨董店』や『愛がなくても喰ってゆけます。』を読んだことがある人ならば、とくに)、この物語の中にも食べ物が、それも極上においしそうな食べ物が、いっぱい出てくる。けど、ごちゃごちゃ感はまったくない。ふきだしのセリフの分量が多いとか思っちゃうこともないこともないけど、そのセリフにすらも丁寧さを感じちゃう。なんでだろう? どうしてか、よしながさんの漫画は視野狭窄にならない。よしながさんは自身の漫画の中に、それはそれはたくさんのものを、もうまるで1巻で春太郎が姉に作ってもらったお弁当のように、きれいに丁寧に、それでいてコンパクトに描いているからだと思う。そう、まるでお弁当。よしながさんの漫画全体がお弁当なら、じゃあ白い画面はご飯!? おいしいご飯は、おいしいお弁当の基本。

さて、物語は転校生・春太郎が転入生としてクラスメイトの自己紹介するとこから始まる。「俺、白血病でした」と春太郎は言っちゃう。言っちゃった。「でも治りました」と続けるけど、クラスメイトはどう接していいのか、とにかく最初のうちはとまどう。それは、担任のシゲさんの言葉を思い出す必要もないぐらいにあたりまえで、だっていきなりそんなシリアスで大変な「本当のこと」を一方的に突きつけられたら、普通の人ならびっくりするでしょう、まず間違いなく。シゲさんに指摘されるまでそれに気がつかないでいた春太郎は、ちょっと子どもだ。でも、春太郎は友達と先生と家族と過ごした1年間を通じて、本当のことの振り回しかたを理解するようになる。それと同時に、本人にとってはこの上なく辛く残酷な本当のことも知ることになるけど。考えてみれば、一緒のことなのかも。本当のことの苛烈さを知ることと、その扱い方を覚えることは。だって、自分が人を傷つけていることに気が付かないままで、本当のことを垂れ流しているならば、それはそもそも本当のことでもなんでもない。本当のことはたいてい人を傷つけるものだし、そのことに気がつかなければ本当のことでもなんでもない。じゃあ、黙っていればいいのか、っていうときっとそうでもないと思う。人に向けないナイフは、ともすれば自分の胸に突き刺さるから。それはとても痛いことだから。大切なのは、使い方を覚えること。いつも成功するとは限らないけど、やってみる価値はある。

春太郎と三国君のオウトツ漫画家志望コンビが、なんだかFとAに見えてきた。それじゃちょっと古いなら日本橋ヨヲコの『G戦場ヘブンズドア』のあの二人かも。最後に、あたしの好きな人である漫画少女・武田さんの言葉をここに。春太郎と三国君が一緒に漫画を描いているときに、喧嘩したのを見て。

「業よ。何かを作る人間の業だわ。あんなに仲が良いのに、それでも歩み寄れない。絶対譲れないものが、それぞれの中にある…。だからあたしは一人で描くの。一人は、孤独だけど、自由だわ」(3年 浅海有理)

フラワー・オブ・ライフ (4) (ウィングス・コミックス)

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